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指宿(いぶすき)市から南九州市頴娃(えい)(こおり)にかけての地形を形成している地質遺産は、新第三紀の南薩火山岩類を覆う形で広がる第四紀更新世以降に活動した火山群に属するものが主体で、各々の地層年代はインデックス・ページにまとめたようなものとなっています。これらは、105,000~11万年前頃に鹿児島錦江湾南部から噴出したと考えられているMATSUMOTO1943)の阿多カルデラ火砕流発生以前に形成されていたかどうかで大きく2つに分類され、阿多カルデラ火砕流より以前のものは、年代値や変質の程度から、更に、古期指宿火山群と中期指宿火山群に区分されます[1]

古期指宿火山群は基本的に鬼門平(おんかどびら)断層崖を形成した池田断層[2]の北に分布し、高江山溶岩、鬼口溶岩矢筈岳火山入野溶岩小浜溶岩が含まれますが、南側ながら()(じょう)(いち)にかけて走る断層に沿って確認される狩集(からすまい/かりあつまり)溶岩も、ここに属すると考えられています。推定形成年代は100~120万年前とされてはいるものの、これを覆っているはずの阿多カルデラ火砕流自体の露頭が限られていることで、層序関係は明確さを欠いています[3]

中期指宿火山群にも年代を示すデータはありませんが、池田断層の南側を中心に拡がり、古期指宿火山群に属するものと比較すれば、火山体の原面を比較的よく残すと共に、大きな変質も認められません。仮屋溶岩、長崎鼻溶岩赤水岳火山魚見岳火山や、南九州市の大野岳火山等から成り、その後、新規指宿火山群の活動が始まるまでに、頴娃に広がる大野岳扇状地(侵食谷)や、永嶺から宮之前にかけての湊川河岸・河床に分布する湊川層と呼ばれる砂礫層が形成されました。また、阿多カルデラ火砕流堆積物は、指宿市では観音崎の南側にある今和泉海食崖、知林ヶ島等で確認することができます。

新期指宿火山群も、25,000~29,000年前に鹿児島湾奥の姶良カルデラ火山から噴出した大隅降下軽石入戸(いと)火砕流の堆積物(シラス)[4]より古い後期更新世末期の指宿火山と、それよりも年代の新しい完新世の池田火山開聞岳火山に分けられます。

指宿火山の地質遺産には、テフラ層の他に以下のようなものが含まれ、これらは入戸火砕流・大隅降下軽石等によって覆われています。6,500年前頃、池田火山が活動を開始する前には、鬼界カルデラより噴出した幸屋降下軽石・幸屋火砕流も堆積しました。

山川湾溶岩 福元火砕岩類 竹山溶岩
権現山成層火山体 辻之岳・久世岳溶岩ドーム 指宿層
唐山スコリア丘 清見岳溶岩ドーム 池底溶岩
上野溶岩 鷲尾岳溶岩ドーム

仙田溶岩の噴出に続いて、5,600年前頃の大規模な爆発でデイサイト・マグマの池田火山が活動を開始。これによって放出された池崎降下火山灰、()(さがり)降下スコリア、池田降下軽石、池田火砕流堆積物、山川火砕サージ堆積物、池田湖火山灰等が池田湖テフラで、活動は比較的短期間であったと推定されています。その後、松ヶ窪・池底、・鰻池鏡池成川・山川等のマール/火砕丘群、更に4,300年前頃には鍋島岳溶岩ドームが形成されました。

指宿市の火山のうち最も新しいものは開聞岳で、こちらは玄武岩マグマの噴出によるものです。活動開始は4,000~3,700年前と推定され、記録の残るものでは、874(貞觀16)年に主山体の南西部に堆積する火砕流、土石流が発生[5]。その後、885(仁和元)年の噴火が、山頂部のスコリア丘、溶岩流噴出物、溶岩ドームを形成し、東斜面に火砕流堆積物、南岸には西山腹側火口から噴出した 田ノ崎溶岩が残されています[6]874年噴火以前の主山体の山頂火口の一部は、現在、鉢窪と呼ばれるくびれとして確認できます。開聞川尻の凝灰角礫岩層が、2,300年前頃と推定される松原(まっばん)()溶岩よりも地層年代では古く、2,100年前頃に花瀬溶岩が噴出。十町溶岩開聞岳南溶岩横瀬火砕丘噴出物・溶岩1,500年前頃の地質遺産とされています。

885年噴火による沖積層は、()月田(がつでん)から潟山(がたやま)にかけての市街地北方平野、開聞町塩屋から物袋(もって)にかけての海岸砂丘、山川町市街地が拡がる砂嘴や、地元で“馬鹿州”と呼ばれる知林ヶ島陸繋砂嘴(<伊>tombolo)の堆積物として残っています。



[1] 太田良平“鹿児島県指宿地方地質調査報告”,地質調査所月報,Vol17 No.31966年;宇井忠英“鹿児島県指宿(いぶすき)地方の地質”,地質学雑誌 第73巻 第10号,196710月 等。
 尚、阿多カルデラは、
MATSUMOTO, Tadaichi(松本唯一)が1943年に発表した“The four giganitic caldera volcanoes of Kyusyu(九州に於ける四大カルデラ型火山)”で採用された名称ですが、荒牧重雄・宇井忠英“阿多火砕流と阿多カルデラ1966)”以降の研究により、現在ではMATSUMOTO説には疑問がもたれており(MATSUMOTOによる阿多火砕流噴出物)、川辺・坂口(2005)も“Matsumoto1943)が当初想定したような阿多カルデラは存在しないという考えが有力になっている”としています。
[2] 新エネルギー総合開発機構“地熱開発促進調査報告書 No.11 池田湖周辺地域”,19863月。池田断層は、鬼門平起震断層として、今後30年以内の将来活動確率約2%の活断層に分類されています(産業技術総合研究所)。 鬼門平自体は、指宿火山群の活動以前に形成された古期南薩火山岩類に属する岩体で、断層崖の成立も290万年前頃と推定されています。
[3] 荒牧・宇井(1966)は、阿多カルデラ火砕流の噴出後、MATSUMOTOの想定したカルデラの地域で大規模な陥没が発生した可能性を示唆しています。
[4] 入戸火砕流の“入戸”は国分市にある地名で、山本温彦・大木公彦・早坂祥三“鹿児島県入戸火砕流および吉野火砕流について(鹿児島大学理学部紀要(地学・生物学),No.1119781230日)”も英文タイトルが“On the Ito and the Yoshino Pyroclastic Flows in Kagoshima Prefecture”とされている等、“イト”と発音されるのが地質関連の文献では一般的です。沢村孝之助が“5萬分の1地質図幅説明書 国分(鹿児島-第82号)(地質調査所,1956)”で命名した“入戸(いと)軽石流”に振られているルビ(P.8)が呼称の由来のようですが、本来の読みは“イリト”だそうです。
霧島市観光協会のサイトのエリア紹介ページのうち“入戸(いと)火砕流模式地”にバス停の標識の写真があります。“(いり)()”です。薩摩言葉には撥音便化が多いので、現地では“いっと”と発音されているのかもしれません。
似たような話は指宿にもあります。
鬼界カルデラ由来の幸屋テフラの“幸屋”は、地質関連の文献では“コウヤ”ですが、当地では“コヤ”です
[5] 貞觀には6年の富士山大噴火、11年の三陸沖大地震と津波、13年の鳥海山噴火もあり、天変地異の多発で知られる年号です。
[6] 仁和3年には東海・東南海・南海地震の発生により大坂が津波による被害を受け、同4年には北八ヶ岳の天狗岳が崩落しました。

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