開聞岳南溶岩

三國名勝圖會の川尻浦図版 川尻浦 仙田村にあり、地頭仮屋の巳方弐里六町余開聞山の東麓にあり御瓶子川の末なり、・・<中略>・・天神社を過て渚に至れ花瀬といふあり、大岩のむしろ二十かりもしけむ程の凹なるにうしほた丶へて其中に生す礒かきの類にして海草に似たり、あたかも五色の花の如し故にかく名付しにや、

薩藩名勝志鹿児島県立図書館蔵

“天神社”は現在の塩釜神社でしょうか。挿絵の中央辺り、川尻港の手前には製塩に携わる様子が描かれており(上の図版をクリックすれば、三國名勝圖會版国立国会図書館デジタルコレクションの部分拡大図が表示されます)、川尻には我が国最古の製塩場が存在したと伝えられています。

塩屋村 川尻浦の上にあり、塩土老翁の邑地の墟にして、其一村中數戸公役を免され、今に至り唯枚聞神社に歳〻塩税若干を致す、又其村長たるもの自称して、塩土老翁の支裔也と云ひ傳ふ、藩中の俗一人を擬して義父とし、是を(シホ)(チチウ)と唱ふる名は塩土翁より出たる古風なり、

麑藩名勝考(鹿児島県史料,鹿児島県維新資料編さん所,1982

薩藩名勝志の挿絵には、川尻から脇崎・開門崎にかけての海岸側の山麓が描かれています。花瀬の項では、“嶽の東川尻浦にもまた花瀬あり、脇浦に劣れり”とされており、“あたかも五色の花の如し”といった眺めも失われてしまいましたが、海に接する開聞岳南山麓の地形を形成する溶岩岩礁は、様々な表情を楽しむことのできる圧倒的な景観を構成します。

 

黒瀬の開聞岳南溶岩フロー・ユニット

開聞岳南溶岩は、開聞岳テフラ層位11a11bの降下スコリア層に覆われる1,500年程前の地質と考えられる斜方・単斜玄武岩で、同質の岩塊を挟んだ複数のフロー・ユニットを確認することができます。

“開聞岳南溶岩”は藤野直樹;小林哲夫“開聞岳火山の噴火史(火山 第42巻 第3号,1997年)”の十町溶岩のうち開聞岳南岸に分布するものを指す呼称として、川辺禎久・阪口圭一が2005年の“開聞岳地域の地質(地域地質研究報告 鹿児島(15)第100号,産業技術総合研究所 地質調査総合センター)”で採用した定義ですが、2015年の片平要・奥野充 “開聞岳火山の海食崖に露出するテフラ層から得られた炭化木片の放射性炭素年代(火山 第60巻 第3号)”では十町溶岩とされている等、必ずしも分類が統一されている訳ではありません。

画像は、クリックすれば拡大画像ページが表示されます(別アングルからのもの等を含みます)。


川尻の開聞岳南溶岩
川尻の開聞岳南溶岩
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脇崎の開聞岳南溶岩
脇崎の開聞岳南溶岩
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畳瀨の開聞岳南溶岩
畳瀨から脇崎、竹山方面
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飛渡から金床にかけての開聞岳南溶岩
開聞崎の開聞岳南溶岩

 

上左の画像の(とっ)(ばたい)の東に当る犬帰(いんげえ)には、桑代(1966[1]によって命名された“犬帰溶岩”が分布するとされています。分布の範囲が極めて狭いことから地質図には示されておらず、川辺・阪口(2005)・藤野・小林(1997)にも“開聞崎西(の海蝕崖)にわずかに露出”し開聞岳テフラのうち層位Km10に覆われる、と記載されるのみです。下左の画像は犬帰の露頭で、開聞岳との位置関係からも桑代(1966)にあるイラストが描かれた場所に近いと思われ、砂礫層に覆われる火砕岩が犬帰溶岩と同質であれば、その下位に犬帰溶岩の層があるはずですが、露頭を確認することはできません。

下右の画像は、左のものから200mほど離れた露頭。火砕岩層が左のものと同質であるとすれば、これに覆われる層が犬帰溶岩となるのですが、桑代(1966)には、“どちらかというと板状にわれて、破片は先鋭なブレードのかたちになる”とあり、どうも岩相が異なるようです。

今のところ結論確証を得るに至っておりませんので、ここでは画像を紹介させて頂くにとどめます。

犬帰(いんげえ)の露頭





[1] 桑代勲“3.新規ロームのうち(A)開聞岳火山噴出物について -薩摩半島中南部の火山噴出物(2)-”,知覧文化第三号,鹿児島県知覧町図書館,196631


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