桜島(その2

高免観測坑道

本館の観測施設


高免観測坑道入口前の井口先生 20225月の鹿児島県地学会地質見学会は桜島マラソンの開催で交通が規制されたために移動を制限されてしまった前年12月の巡検のリベンジで高免観測坑道の見学でした。入坑に当って、井口正人教授より高免観測坑道の建設に至る経緯をご説明頂いています。

1955年から南岳山頂火口が爆発的な噴火活動を続けていたことを受け、京都大学は翌年に桜島での観測を開始。当時既に安定した地盤に設けられた観測坑道の必要性は認識されていましたが、資金的制約もあり、当初は袴腰の海軍基地防空壕跡に観測計器が設置されていたそうです。鹿児島は他の地域にも防空壕が多く、市内では冷水、下伊敷(旧歩兵第45連隊地下壕)にも観測施設が置かれましたが、シラスに設営された遺構であることから地盤が安定性を欠き、坑口までの距離が近いことで気候変動の影響を受け易いといった問題があったようです。

1978年に現在の桜島火山観測所本館が落成するまで本館として観測が続けられていたハルタ山観測室(1962年完成)で溶岩ドームに掘削された観測坑道が本格稼働を開始したのは1985年。観測坑道の建設には巨額の設備投資資金が必要となりますが、幸い日本では火山噴火予知計画に先立って地震予知計画が策定され技術的に十分な蓄積があったことに加え、予測実績のない地震予知よりも火山に特定することで効率的に予測実績を積み重ねていくことができるということも幸いしたようです。ボーリング坑に機材を設置するという国外で一般的な方法と比較すれば初期投資額は嵩みますが、機材が故障した場合の補修・交換に要するメンテナンス費用の差も勘案する必要があるとのことです。

ハルタ山観測坑道の完成により噴火に先立つ予兆の約70%を検知することが可能となりました。この実績に基き、国土交通省大隅河川国道事務所が砂防工事従事者の安全確保を目的とする噴火早期警戒体制の整備のため有村に観測坑道建設を計画。紆余曲折あったものの2006年に完成し、京都大学のハルタ山施設と併せ、現在の直前隆起・膨張検知率は約90%となっています。井口教授は、山頂噴火に限れば、予測体制の整備は一段落したと考えておられるようです。

ただ、大正級の噴火発生の予知は課題として残っています。現在の検知実績は平均で爆発発生前40分、最長1日前程度と、島外避難を求められる大規模噴火の予測としては実用的なものではありません。高免観測坑道はこの問題への対応を目的として建設されたもので、桜島直下のマグマ溜りの供給源となっている北側の海底約10kmの位置にある姶良カルデラのマグマ溜りからマグマが移動してくることによって発生する隆起・膨張の変化を早期に検知するための桜島北部の施設です。姶良カルデラのマグマ溜りに蓄積されたマグマの量は、既に大正大噴火が発生した頃の水準にまで回復しているそうです。

図は産業技術総合研究所 地質調査総合センター“大規模噴火データベース”の“姶良カルデラ”のページにあるカルデラの推定位置データを地理院タイルにプロットしたものです。島内の小型のは高免観測坑道の位置を示しています。



高免観測坑道

高免観測坑道の広帯域地震計 北岳溶岩を掘削して建設された髙免観測坑道の全長は235m(直進部179m)。坑内には二酸化炭素対策のためのダクトが張り巡られており、気温は17.27℃でした(二酸化炭素濃度はハルタ山、有村ほど高くはないそうです(有村では約60%😨。桜島の地中は全般に二酸化炭素濃度が高く、巡検に同行された大木先生に拠れば、潜水艇で調査した若尊 (わかみこ)のサンプルからは90%程度という計測結果が確認されたそうです))。坑口から暫く進むと左側に広帯域地震計が設置された空間があります。上の画像の左手に黒く見えているのはカバーで、この中に地震計が収められています。地震計本体の画像は“ザッツ・京大”第2号(201731日)“365日火山愛! 火山と向き合う人、の巻”でご覧頂けます。

高免観測坑道内部での井口先生 更に進んだ先のスペースにある水管傾斜計(井口教授の前にある2本のドラム型水槽と内部の計器)と伸縮計変位センサー(水槽の左側に見える計器)の前で井口教授の小講義です。伸縮計変位センサーが変動を計測する28mの基準尺の一本は約4km離れた南岳の火口方向を指し、一本はこれと直行する方向、もう一本はこれら2本を斜辺とする直角二等辺三角形の底辺に設置されています。左側の斜辺の右上方向への延長線上に南岳火口が位置します。文章だけで説明するのはなかなか難しいので、京都大学防災研究所の地震予知研究センターのサイトの上宝観測所の紹介ページにある“上宝観測坑道の構造と機器設置状況”の図を参考にして頂ければと思います(高免の施設は頂点が東寄りに南を指しています)。熱膨張係数の小さい石英ガラスを素材とする基準尺は片側(画像のものの反対側)が固定され、ナノメーター(10億分の1m)単位で計測される地面の水平方向の変位を計測する物差しとなっています(ハルタ山の施設の素材はスーパーインバー合金)。

水管傾斜計は基準尺の反対側の端にも設置されていて、1セット2器の各々が管でつながれているため両者の水面の位置は同一。相対的な隆起・沈降が生じた場合、水平方向の地面の変動を水槽内に浮かべられたフロートから水位の変化をセンサーがナノメーター単位で読取ります。2セット設置されているのは精度の正確性を高めるためで、微妙に異なる双方の計測結果の何れを採用するか、或いは平均を採用するかといった判断は経験に基づく運用者の裁量に任されるようです。

コロナ禍となって以来、地学会の巡検は参加者を20名と限って実施されているのですが、目の子でも荷重は1t超。温度にも影響を及ぼしますから、計測結果にはノイズが生じているとのことです。これに加え水管傾斜計の計測結果の誤差を生じる最大の要因となる黴の発生と水槽内部の蒸留水の交換を避けるためにも、本来は入場が厳しく制限されています(蒸留水が交換された場合のシステム安定までの時間を短縮するため、坑内には予備が用意されています)。



本館の観測施設

観測坑道見学後、本館に戻り、全ての京都大学桜島観測施設で計測され現場でデジタル化されたデータが集約される処理室で為栗健准教授によるご説明を伺いました。デジタル・データはこの部屋でアナログに戻された電圧データとして115分で回転する煤書き記録計のドラムに巻かれた用紙に記録されます(3ヵ所の1日分のデータを保存できる用紙4ロールに12ヵ所分を記録)。奥の“煤掛室”でバーナーで焼き付けられた煤に針が残すデータはニスで固定されることによって残され、過去の記録と整合的に比較可能なデータとして保存されています。アナログ資産には保管スペースの問題もあるようで、過去のロールもスキャンされたデジタル・データとして残されているそうです。画像で先生が説明されている用紙の最上部は開聞岳のデータです(右の後姿は大木先生)。 煤書き記録計室での為栗先生

モニター前の為栗先生 左の画像は昨年12月に井口先生のご説明を伺ったモニター室。為栗先生が指しておられるのは地学会が観測坑道にお邪魔したために発生してしまったノイズです。

最後に大正大噴火の様々な画像の展示の前で大規模噴火で観察される事象と発生した場合の留意点や山体噴火であった大正噴火と海底噴火であった安永噴火の差等について伺ったのですが、その中でも面白かったお話を。

大規模噴火が発生する際、マグマは球状で上昇してくる訳ではなく、地盤の断面に沿って岩盤の弱い部分を割りながらほぼ同じ標高から板状に噴出してくるそうです(大正では西東、安永・文明では北南方向)。ということで、次の大規模噴火が何処で発生するかはその時点での岩盤の状況にも依りますけれど、間違いなく言えるのは“噴火が始まった場所から島の反対側に当る方向には絶対に逃げるな”ということだそうです。

いろいろと面白いお話、誠にありがとうございました。


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